旅の僧が、一夜の宿として来民の町の民家にお世話になったさい、お礼ということで「団扇」作りを伝授したというのが「来民団扇」の起こりです。

来民の町は390年前(室町時代)から「渋団扇」の産地として有名であり、四国の丸亀と並ぶ全国で一、二の生産量を競う所でした。大正末期から昭和10年頃にかけては、500万本/年生産しており九州一円はもとより、朝鮮・台湾・満州まで販路を伸ばしていました。

うちわ作りで繁栄していたということで、「野口雨情」もつぎのような詩を残しています。

『嫁にゆかぬか 来民のまちへ うちわ張らせる わしゃゆかぬ』

※うちわを張らせるから、嫁にいきたくないという意味ではなく。当時の来民の町がうちわ作りで栄えていたと言うことを比喩してうたったものだとおもわれます。

年月感じさせるその色合い。

丈夫で長持ち。(渋うちわの特徴)

長く楽しめる。(計時変化)

和のインテリアになる。

Q1:なぜ柿渋を用いるのか?

A:昔の防腐剤の代わり(竹・紙に虫がつかないように) 紙の強化、柿渋の中のタンニン成分による色の変化(計時変化により茶色に変色)

Q2:渋団扇の特徴は?

A:色が年々濃く変化していきます(写真参照)。破れにくい。

Q3:柿渋?
A:普通の柿の半分の大きさ(ガラ柿)を使用しています
※ガラ柿は現在少なく、大変貴重です。

一番左が渋引き後すぐ、右が完成後数年(5年以上)の品です。渋うちわは写真の様に計時変化によってその味わいを増していきます。
※うちわの表面に光沢がありますがニスなどを使って意図的に光沢は出しておりません。 純粋に柿渋のみです。光沢が出るのは当店の塗り方に秘密があるからです。(これは企業秘密です)
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